平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「開店準備資金で、ローン背負ってても?」
「この店なら、そんなのすぐに返せます」
「土日が休みじゃなくて、なかなか遊びに連れてってあげられなくても?」
「大丈夫です。定休日に会わせて有給取りますから。それに、出かけないとできないような特別な趣味も持っていない、THE平凡OLですから」

自慢にならないようなことを胸を張って自慢する。「いいかげん、くどいですよ」と開き直った。

と。コツン、とおでこに晃さんのおでこが当たる。睫毛が絡み合うかと思うほどに近い顔に息を呑んだ。

「平凡なんかじゃないよ。礼子ちゃんは俺を有頂天にさせる天才だ。それに――」

ふわりと両腕に包まれる。わたしの首元に顔を埋めて、晃さんはクン、と鼻を鳴らした。

「美味しそうな匂いがするのは、礼子ちゃんのほう」

密やかに甘やかに囁かれれば、熱い吐息を素肌に感じてますます動悸が速まっていく。

「俺の料理で、礼ちゃんを幸せにしてあげたい。そしてその笑顔を、ずっと傍で見ていたい」
「任せてください。晃さんの料理を食べたら、どんなに辛いときでも笑えるような気がします」

もう絶対、玉子焼きを食べても涙なんか流さない。流さなくてすむのだと、肩に感じる重みで知った。
それがふいに軽くなって、背中に回っていたはずの手が頬に添えられ、優しく持ち上げられる。続く行動が想像できて思わず――。

「め、眼鏡は、朝だけなんですね」
「うん。調理の時の蒸気で曇ったり、ずり落ちてくると面倒だからコンタクト。……ダメ、かな?」

なにを? なんて聞くだけ野暮だ。だけど心と身体の準備がまだできていない。女子にはいろいろと事情があるんですっ!

「イヤ、ではないのです、けど」
「けど?」

そんな甘えるような切ない瞳で見つめられたら、とても酷いことをしている気分に襲われる。罪悪感にさいなまれ頷きかけたそのときだ。
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