29歳、処女。
「いらっしゃいませ」



つやつやとした光沢のあるいかにも高級そうな生地のスーツを着こなしたおしゃれな店員さんが、私たちに気づいてさっと近づいてきた。



「いつもありがとうございます、喜多嶋様」



喜多嶋さんは慣れた調子で「どうも」と手をあげる。


へえ、こんな敷居の高そうな店の常連さんだな、と思いながらぼんやりと二人を眺めていると、まるでドラマや映画のワンシーンでも観ているような気になってきた。


………やっぱり、私がこんなところにいていいわけがない。



くるりと踵を返そうとすると、とたんに喜多嶋さんに腕をつかまれた。


慌てて目を向けると、にんまりと悪魔の笑みを浮かべている。


それから喜多嶋さんは、私を指差しながら店員さんにこう言った。



「今日は、この地味女に少しは見られる格好をさせるために来たんですよ。しばらくの間、奥の部屋、貸してもらえますか?」



店員さんは『地味女』という言葉に驚いたように一瞬目を丸くしたものの、次の瞬間にはにこやかな笑顔に戻り、「もちろんです」と頷いた。



「用意して参りますので、しばらくお待ちくださいませ」



店員さんは深々と頭を下げて、さっそうと奥へ消えていった。




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