29歳、処女。
「早く追いかけろ。で、誤解をといてこい。じゃないと、勘違いされたままになるぞ」


「………」


「ついでに告白しちゃえよ。良い機会だろ。こんなことでもないと、お前、いつまで経っても告白なんかできないだろ」



私はゆっくりと振り向いた。


相羽さんは一緒に飲んでいた人たちと駅の改札前あたりで話している。


今追いかければ間に合うだろう。



追いかけて、どうする?


『喜多嶋さんとは何でもありません』と弁解して。

『私が好きなのは相羽さんです』と言って。

『付き合ってください』と告白する。



早く行かないと。

何年も憧れつづけていた優しい先輩を追いかけて、想いを告げないと。



―――でも、どうしてだろう。


やるべきことは分かっているのに、身体が動かない。



告白する勇気がない?

緊張のあまり、身体が思うようにならない?


………ちがう、そうじゃない。



私は前に向き直り、喜多嶋さんを見つめる。



相羽さんの後ろ姿を見ても何とも思わなかった。


でも、喜多嶋さんを見ると、とくりと心臓が震える。

眉根を寄せて難しい顔をしている喜多嶋さんを見ると、どうしようもなく心が動く。



ああ、そうか、とふいに納得した。



< 83 / 97 >

この作品をシェア

pagetop