29歳、処女。
私の頭の中、この人でいっぱいだ。


唐突に気がついた。


今だけじゃなくて、この一ヶ月あまりの間、ずっと。


私の頭も心も、喜多嶋さんのことでいっぱいだった。


相羽さんのことは、いつの間にか考えなくなっていた。



前はずっと相羽さんを目で追っていたのに、最近はずっと、喜多嶋さんばかり見てしまっていた。


一緒にいるときも、いないときも、喜多嶋さんのことばかり考えていた。



急に食事に誘われると、困ったけど嬉しくて。

一度も断ったりしなかった。



喜多嶋さんは真っ直ぐに私を見ている。


一度も目をそらさずに。



どくんと胸が鳴った。



「―――喜多嶋さん」



小さく呼んだけど、たぶん小さすぎて、街の喧噪にかき消されて、喜多嶋さんには聞こえなかったと思う。


でも、囁いた瞬間に、喜多嶋さんが動いた。



ぎゅっと抱きしめられる。


温かい体温に包まれて、肌寒さが一瞬で消えた。



「………やっぱり、行かせない」



耳許で低くささやく声がして、頭が真っ白になった。



「行かせるか、馬鹿」



首筋に喜多嶋さんの吐息がかかる。


ああ、みんなが見ている、と頭の片隅で思ったけど、どうでもよかった。



私は手を伸ばして、喜多嶋さんの首に腕を回した。




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