29歳、処女。
それは、つまり。


ちらりと見上げると、喜多嶋さんはきれいな横顔で夜空を見上げていた。


でも、そんなこと、ありえるのだろうか。

私はとても分不相応で恥ずかしい勘違いをしているんじゃないか。


仕事ができて見た目も良くて、なんだかんだで優しい。

そんな人が、私なんかのことを………。


やっぱり、ありえない。


つながれたこの手は、ただ出来の悪い後輩を導いているだけ。

そう考えるのが一番自然だ。


考えれば考えるほど気持ちが沈んで落ち着かなくなって、自然と足が鈍くなった。



喜多嶋さんが視線を落として、不機嫌そうな目つきで見下してきた。



「逃げないって言っただろ」



ぐっと強く腕を引かれる。



「に、逃げません」



慌てて答えたけど、喜多嶋さんは険しい表情のまま足を速めた。


引っ張られて道を急ぐ。


喜多嶋さんのマンションが見えてきた。


エントランスのドアを開錠して、喜多嶋さんは私を連れてすたすたとエレベーターに乗り込む。



一度来たことがあるはずなのに、信じられないくらいどきどきしていた。


これから何が起こるんだろう。

喜多嶋さんは何を考えているんだろう。


分からないことが多すぎて、頭がパニックになる。


今私は、たぶん、すごく変な顔をしている。


思わず俯いた。

うなじに喜多嶋さんの視線を感じる。



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