29歳、処女。
「ほら、見てみろよ」



喜多嶋さんが手鏡を私の前にかかげる。


いつもより少し濃いブラウンで、目の周りがくっきりと彩られている。


なんだか自分じゃないみたい、と思ったのは何回目か。

喜多嶋さんは、何度も何度も私を変えてくれた。



「よし、次は口紅だな」



やっぱりどこか楽しそうな喜多嶋さんを、じっと見つめる。


最初は、馬鹿にされてるんじゃないかとか、単に面白がられてるんじゃないかとか、色々思っていたけど。


貴重な仕事終わりの時間や休日を、私のために使ってくれて、しかも、本当に言葉通り、どんどん私を変えていってくれた。


私のためにこんなにいろいろしてくれたのは、喜多嶋さんが初めてだ。



ああ、私はこの人が好きなんだな。

すとん、と腑に落ちた。



喜多嶋さんが口紅をくり出したので、私は薄く唇を開いた。



「………なんだよ、急に積極的だな」



すこし面食らったように喜多嶋さんが言う。



「お、まさか誘ってるのか? 雛子のくせに」



からかうように喜多嶋さんは言ったけど、私は心の中で、そうですよ、とつぶやいた。



誘ってるんです、あなたを。

私のくせに。

私の精一杯で。


私はあなたが好きです。

あなたになら何をされてもいい。

あなたがしてくれることは、全部、黙って受け入れます。



言葉では言えないから、せめて仕草で伝えようって、卑怯なことを思ってるんです。



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