『それは、大人の事情。』【完】
マンションに着くまでの間、めげずに声を掛け続けたけど、沙織ちゃんは何も答えてはくれず、さすがに私も気持ちが折れそうになる。
「お腹すいたでしょ? すぐにご飯作るから待っててね」
リビングのドアを開けた沙織ちゃんに声を掛けると、少しだけ振り返り「……いらない」って返事が返ってきた。
「いらないって……ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「今から結花(ゆか)ちゃんのお誕生会に行くの。だからいらない」
「こんな時間からお誕生会?」
「お友達は皆、幼稚園が終わってすぐお誕生会に行ったけど、私はお迎えが遅かったから今から行くの」
あ……沙織ちゃんの不機嫌な理由はこれだったのか……
「でも、もう終わってるかもしれないよ?結花ちゃんの家に電話して聞いてみようか?」
こんな時って、どう対処したらいいんだろう。約束しているなら行かせてあげたいけど、向こうの家の都合だってある。それに、真司さんにも聞いてみないと……
慌ててバックからスマホを取り出そうとしていた私に、突然、沙織ちゃんが大声で怒鳴り出した。
「お誕生会は七時までやってるからおいでって、結花ちゃんのママが言ってたもん!」
目に涙を溜め怒りを露わにする沙織ちゃんに驚き、一瞬言葉を失う。その直後、沙織ちゃんは玄関に向かって走り出す。
「ちょっと待って!」
ピンクの傘を持ち玄関を出ようとしている沙織ちゃんの腕を掴むが、沙織ちゃんは激しく抵抗し、ヒステリックに泣き叫ぶ。
「沙織ちゃん、分かったから。だから落ち着いて……」