『それは、大人の事情。』【完】

「何かあったんですか?」


多くの人が行き交う大通りの歩道で、人目も気にせず大声を上げる。


『……実は、沙織ちゃんがお友達に怪我をさせてしまったんです。その子のお母さんがかなり怒っていらっしゃって……』

「えっ?沙織ちゃんが友達に怪我をさせた?」

『はい、私がちょっと目を離した隙に……申し訳ありません』

「分かりました。とにかくすぐ行きます」


電話を切ると立ち止まり、走ってきたタクシーに手を上げた。でも、冷静だったのはそこまで。学童に着くまでの間、私の頭の中はパニック状態だった。


あの沙織ちゃんが友達に怪我をさせるなんて信じられない。それより、その友達の怪我の具合はどうなんだろう? 酷い怪我だったらどうしよう……とにかく早く行かなきゃ……


本来なら、私が学童に向かうより先に、父親である真司さんに連絡すべきだった。でも、そんな事も思いつかないほど私は動揺していたんだ。


タクシーが幼稚園の前に停車したのと同時に数枚の千円札を差し出し「おつりは要らないから」と叫んでタクシーを降りる。そして、全力疾走で園庭を突っ切った。


息を切らし園舎の玄関ドアを開けると、そこには、あの電話を掛けてきた学童の先生が不安気な表情で立っていて、私を見るなり深々と頭を下げてきた。


「すみません、私が事務室に行ってる間にお友達と喧嘩になったみたいで……でも、普段は大人しい沙織ちゃんが、あんな事をするなんて……」


先生も信じられないって感じで、かなり動揺してる。


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