『それは、大人の事情。』【完】
へぇ~よく分かってるじゃない。
「はい、そうです」って、即答すると、人を小ばかにした様な部長の低い笑い声が聞こえた。
『一昨日、セックスしなかったから欲求不満か?』
朝っぱらからデリカシーのない言葉で私の神経を逆撫でする部長に腸が煮えくり返る。
「その事でお話しがあります。後でお時間頂けますか?」
ワザと丁寧な言葉で切り返し、部長の返事を待つ。
『なら、昼飯でも一緒にどうだ?国際ノルディアホテルの地下一階に日本料理の"藤"って店がある。そこで待ってるよ』
「分かりました」
怒りを必死で抑え静かに受話器を戻すと、再び部長室のドアを睨み付けた。
これで部長と縁が切れる。こんな不愉快な男、もう沢山。関わりたくない。
そして、昼休み。私は足早に部長と約束したホテルの日本料理店"藤"に向かう。落ち着いた雰囲気の店内には琴の音が流れ、会社の重役ぽい中年男性達が談笑しながら食事を楽しんでいた。
ランチにこんな店に来るのは初めて。緊張気味に案内された個室の障子を開けると部長が顔を上げ、手に持っていた湯呑を置く。
「来たな。俺と一緒の松御膳でいいよな?」
また私の返事も聞かず勝手に松御膳とやらを注文してる。
「いえ、すぐ失礼しますから松御膳は結構です」
着物姿の店員にそう言い、部長の前に座って真っすぐ彼を見つめた。
「単刀直入に言います。もう部長とセックスするつもりはありません。私達の関係を解消して下さい」