『それは、大人の事情。』【完】
マンションの部屋の前に立った私は、大きく深呼吸をし、呼吸を整え玄関のドアを開けた。
「ただいま……」
出迎えてくれた真司さんは伏し目がちにで、どこか寂し気だった。
そうだよね。今から別れ話しをするんだもの。元気なワケないか……
真司さんの後に続きリビングに入ると彼はテレビを消し、ソファーに深く腰を下ろす。私は向き合う形でラグマットの上に座って彼を見上げた。
「沙織ちゃんは? もう寝たの?」
「その事なんだが……」
真司さんは急に口籠り、ローテブルの上の煙草に手を伸ばす。
えっ?沙織ちゃんが来てからは、リビングで煙草は吸わなかったのに……
「真司さん、煙草いいの?」
「あぁ……沙織は母親の所に帰ったからな」
「帰ったって……この週末までここに居るはずだったんじゃ……」
でも、そこまで言って気が付いた。
あぁ、そういう事か。奥さんの所へ戻るから先に沙織ちゃんを帰したんだ。真司さんも私と別れ話しが済んだら絵美さんのマンションに移るつもりなんだ。
「今日、沙織を学童に迎えに行ったら、母親のマンションに連れてってくれと言われて絵美の所に寄ったんだ。そうしたら、もうここには帰らないって言い出してな」
「沙織ちゃんが? そう言ったの?」
なんだか少し寂しい気持ちになった。真司さんと別れたら、もう沙織ちゃんと会う事もない。だから、この土日は沙織ちゃんと過ごして、ちゃんとさよならを言うつもりだったのに……そう思ってたのは、私だけだったんだね。