『それは、大人の事情。』【完】
ほら、やっぱりそうじゃない……って心の中で呟き部長を見下ろすと、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「と言っても、六歳の娘の物だけど……」
「えっ、娘?」
「そう、俺の六歳になる一人娘のタオルだよ」
うそ……部長の娘?彼女のじゃなかったの?
「娘は別れた妻と暮らしてる。前に会った時、車にあのタオルを忘れてな。日曜日の昨日、返す約束してたんだ。
なんでもお気に入りのタオルらしくて、絶対に持ってきてくれって言われてたから忘れない様に車に置いておいたんだ」
「あ、だからタオルを返せって?」
「そういう事だ。あれから帰って濡れたタオルを洗濯して、昨日、無事に娘にタオルを返せたよ」
「そう……だったんですか」
自分の女の勘が見事にハズれた事にショックを受けたのと同時に、気まずさがハンパない。
「要するにお前は、俺の六歳の娘に嫉妬してたってワケだ」
「嫉妬だなんて……私はそんな……」
慌てて否定したけど、その通りだった。私は六歳の子供に嫉妬して部長との関係を終わらせようとしていた。
「誤解は解けたんだから約束通り飯食ってけ」
私が座っていた場所を指差し、部長が改めて松御膳を注文する。
本当は逃げ出したい気分だった。恥ずかしくて部長のを顔をまともに見れない。そこへ部長が先にオーダーしていた松御膳が運ばれてきた。
これがランチ?凄い豪華……
思わずゴクリと唾を呑み込むと、部長が「先に食え」とお膳を私の方に滑らせてくる。