『それは、大人の事情。』【完】
「撮影も終わったし、そろそろ服着るね。悪いけど、君は自分の部屋に戻ってくれる?」
「えっ……」
「ホント、私ったらバカだよね。なんだかさ、モデルとかこういうの初めてだから興奮しちゃって……変な事口走っちゃった」
努めて明るく振舞い笑ってみせるが、目には涙が溢れ、その声は確実に震えていた。
お願い。早く出てって。泣いてる姿を見られたくない……
でも、どういうワケか白石蓮が立ち上がる気配はなく、いつまで経っても部屋を出て行こうとしない。
堪え切れず涙が零れ落ちたその時、シトラスの香りがフワリと体を包み込む。それは、愛しい白石蓮の腕―――
「梢恵さん、俺……」
「何? どうしたの?」
彼は何か言おうとしていたが、大きく息を吐くと暫くの間、無言で私を強く抱き締めていた。私は流れ落ちる涙を拭う事も出来ず、漏れそうな声を抑えるのに必死だった。
なぜ? もう好きじゃないのに、どうして抱き締めたりするの? 中途半端に優しくで。余計辛くなる。
堪らずそう叫びそうになった時、白石蓮がやっと口を開いた。
「……俺、梢恵さんに嘘付いてた」
「嘘?」
驚き振り返ろうとした私を制止し「このままで聞いて」って彼が耳元で囁く。
「前に梢恵さんに聞かれた事あったでしょ。いつから梢恵さんの事知ってたんだって。
あの時は、梢恵さんの会社でバイト中にたまたま見かけたって言ったけど、あれ、嘘なんだ。ホントはね、もっと前から梢恵さんの事知ってた……」