『それは、大人の事情。』【完】

彼がなぜ、突然そんな話しを始めたのかが分からず困惑する。今となっては、白石蓮がいつ私を知ったかなんてどうでもよくて、そんな事より、とにかく一人になりたかった。


「どうして今そんな話しするの? もういいよ……お願いだから出てって」


けど、彼は「最後だから聞いて……」と更に強く私を抱く。


「悔いが残らない様に、俺が梢恵さんについた嘘全部話しておきたい」


そんな事言われても、それを知ったところで何も変わらない。


私は、彼がついた嘘に興味などなかった。だから「騙されたままでいいよ……」って首を振ったのに、白石蓮は私の言葉を無視して話し出す。


「あれは、俺が専門学校に入学したばかりの頃。小雨が降る梅雨の昼過ぎ……その日は日曜で、俺は叔父さんに頼まれてメニューに載せる新作デザートの写真を撮りにカフェへ行った。

その時、カフェから出て来た梢恵さんと偶然すれ違ったんだ。お互い傘をさしていたから梢恵さんがこっちを見る事はなかったけど、俺は微かに香ってきた香りに思わず立ち止まってしまった……」

「……香り?」

「そう、梢恵さんは、死んだ母さんと同じ香りがしたんだ……そして、俯き加減の梢恵さんの横顔が母さんに見えた」


背後から少し恥ずかしそうに笑う声が聞こえる。


「前に梢恵さんに言われたよね。俺は梢恵さんに母親を重ねてるんじゃないかって。あの時は、母親を恋しがるほどガキじゃない。なんて言ったけど、梢恵さんが言った事、当たってたのかもしれない」


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