『それは、大人の事情。』【完】
―――蓮との決別を決めてから数日が経ち、私の気持ちも徐々に落ち着いてきた。
会社では、蓮と顔を合わせないよう用心し、いつもの時間にオフィスのドアが開いても振り返る事はなかった。そして、あの子との繋がりは全て消そうと、電話番号とラインは削除した。
もう私と蓮は完全に切れたんだ。あの子と私との間には何もない。これからは、真司さんとの穏やかな日々を大切に過ごしていこう。
そう思っていた矢先、真司さんのスマホに一本の電話が掛かってきたんだ。
時間は深夜二時。寝室に響くベルの音に同時に目を覚ました私と真司さんは顔を見合わせる。
「ったく……こんな時間に誰だ?」
訝しげな表情でスマホを手に取った真司さんがディスプレイを覗き込むと、小さな声で「あっ……」と呟き、一瞬、動きが止まる。
「どうしたの? 誰から?」
真司さんの只ならぬ様子に不安を感じ慌てて起き上がると、彼は一言「絵美の母親からだ」と言って電話に出た。
こんな時間に電話を掛けてくるって事は、きっと緊急の用事なんだ。まさか、沙織ちゃんの事なんじゃ……
息を殺し真司さんの電話を聞いていたが、彼はほとんど喋る事はなく向こうの話しを聞いているだけ。そして最後に「今から行きます」そう言って電話を切った。
苦悩の表情で大きく息を吐く真司さんの姿を見てしまったら、もう……生きた心地がしなかった。
「もしかして……沙織ちゃんに何かあったの?」