『それは、大人の事情。』【完】

「……彼、女がいたのよ」

「……おん……な?」


嫉妬と怒りが入り混じった険しい目が私を凝視する。その瞬間、心臓を握り潰される様な鈍い痛みを感じ、思わず手で胸を押さえていた。


まさか……と思った。彼との関係を佑月に気付かれたのかと。でも、冷静になって考えてみれば、佑月の彼、北山修(きたやま しゅう)と付き合っていたのは三年も前の事。


それに、今はキッパリ縁が切れてる。佑月に疑われる様な事は何もない。


「でも、なんで女がいるって分かったの?」


動揺を悟られない様に一呼吸置いて聞いてみた。すると佑月は瞳を潤ませ早口で話し出す。


「酔って帰って来た彼から香水の匂いがしたの。その時は、どっかのキャバクラにでも行ってたのかと思った。でも、ワイシャツを脱いだ彼の胸にうっ血した赤い痕があって……」

「それって、キスマーク?」

「そう、それもね、一つじゃなかった。結婚が決まって、これからって時に……酷過ぎる」


悔しそうに下唇を噛み涙を堪えている佑月を見て、まるで自分が責められてる様な気がした。


当時は、佑月と修が付き合ってたなんて知らなかったけど、私も佑月を裏切っていたのだから……


「それで、どうするの?」


恐々尋ねると、佑月は力無く首を振り「分からない」と小声で呟く。


「彼がした事は許せないけど、結婚しようと思ってた人だもの。すぐに結論なんて出せないよ」


打ちひしがれる佑月を目の当たりにして、掛ける言葉が見当たらなかった。


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