『それは、大人の事情。』【完】

佑月の彼、修の事が気掛かりだったけど、それと同じくらい部長の事も気になり仕事が手につかない。そのせいか、急ぎの発注をすっかり忘れてて課長の小言を延々と聞かされてる。


最悪……もう勘弁してよ。


心の中でそう呟いた時、課長のデスクの電話が鳴りようやく解放された。ホッと息を付き自分の席に戻ろうとした私に、課長が受話器片手にファイルを手渡してきて、仏頂面で部長室を指差す。


これを部長の所へ持ってけって事?……て事は、堂々と彼の所へ行けるんだ。


そう思っただけで、今まで疎ましいと思っていた課長がいい人に見えてくる。


部長室のドアに近づくにつれドクドクと大きくなる心臓の音。


重要と書かれたファイルを手に部長室のドアを軽くノックして中に入ると、顔を上げた部長が優しく微笑む。その笑顔を見た瞬間、ここが会社だという事も自分の立場も忘れ彼に駆け寄っていた。


もう私の頭の中には、彼を失いたくないという気持ちしかなく、全ての思考が麻痺していく。


堪らず部長の前に膝を付き、ファイルを投げ捨て座っている彼の腰に手をまわしていた。


「朝比奈……?」


部長が焦った声で私の名前を呼ぶが、この高ぶった感情を抑えるが出来ない。悲壮感漂う目で彼を見上げ、必死で懇願する。


「部長、私の事、好きだって言って下さい。誰よりも好きだって……」

「おい、どうした?」

「いいから言って。私だけだって……お願い」


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