『それは、大人の事情。』【完】
やっと定時になり、佑月に修の事はまたゆっくり話しを聞くからと声を掛け、逃げる様にオフィスを出る。
異様な雰囲気から解放されてホッとしたのも束の間、部長と待ち合わせした裏口に、またあの白石蓮がいるんじゃないかと思い足が止まる。
別の待ち合わせ場所にすれば良かったな……
迷った末、やっぱり変更してもらおうと"関係者以外立ち入り禁止"のドアの前でスマホを取り出し、部長にラインをしようとした。すると突然、目の前のドアが開く。
「あっ……」
間が悪い事に、そのドアから出て来たのは、掃除道具を積んだワゴンを押す白石蓮。
「あれ~今日はよく会いますね。あ、あの缶コーヒー買に来てくれたの?それとも、また昨日の彼と待ち合わせ?」
「君には関係ないでしょ?」
冷たくそう言うと彼の横をすり抜けようとした。でも、彼が私の腕を掴みそれを阻止する。
「ちょっと、放してよ!」
「ヤダ」
「ヤダって……仕事中でしょ?サッサと行きなさい」
彼を見上げキッと睨むが、白石蓮は怯む事無く私をドアの向こうに引っ張り込み、重いドアを静かに閉めた。誰もいない薄暗い通路はシーンと静まり返り、独特の匂いがする。
その静けさに不安を感じた時だった。腕を掴んでいた手が私の体を押し、凄い力で壁に押し付けられた。
細身の彼のどこにこんな力があるんだろうと驚き、目を大きく見開く。
「そんな素っ気ない言い方しないでよ」
今にも消えてしまいそうな暗い蛍光灯に照らされた彼の顔は、まるで捨て犬が飼い主を求めてるみたいに、どこか寂し気だった。