『それは、大人の事情。』【完】
「ねぇ、どうして?俺の事嫌いなの?」
小首を傾げ、甘える様な声。でも、そんな頼りなさげな表情をしてるのに、やってる事は真逆だ。
強く握られた両手首は壁に押し付けられ、隙間なく密着した体からは、ほんのり彼の体温を感じる。
「嫌いとか、そんなんじゃ……私は君の事、何も知らないし……」
「じゃあ、知ってよ。俺の事」
身動きが取れないこんな状態で、それも、息がかかるくらい近い距離でそんな事言うのは……反則だよ。もしかして、この子、それを分かっててそうしてるんじゃ……
なら、完全に確信犯だ。若い女子社員達にチヤホヤされ、女ならこうすれば誰でも落ちるとでも思ってるんだろうか?そんなの勘違も甚だしい。
「やめて!君の事なんか知りたくもない!」
「えっ?」
私の怒鳴り声に驚いた白石蓮の動きが止まり、手首を持つ手が緩んでいく。すかさず彼の手を払いのけ、大きく腕を振り下ろした。
パシッと乾いた音と共に、彼の「痛っつ……」っと言う声が聞こえた。
「大人をからかうのもいい加減にしなさい!」
吐き捨てる様に怒鳴って彼を睨み付けた時―――
―――カチャ……
ドアが開き明るい光が通路に差し込む。
「……朝比奈か?」
入って来たのは、部長。革靴の音を響かせこっちに近づいてくる。それに気付いた白石蓮が視線を下げ、足早に部長がいる方向へと歩き出す。
「あ、君は……」
すれ違い際、部長が頬を押さえる白石蓮に声を掛けるが、彼は軽く会釈しただけで何も言わずドアの向こうに消えて行った。