『それは、大人の事情。』【完】

なんだろう……切なそうな声を聞いて、彼に対する嫌悪感が一気に消え、抱き締められてる体の力が抜けていく。


でもそれは、彼を男性として意識したのではなく、どちらかと言うと母性本能を刺激された様な……そんな感じだった。


「どうして私なんかを?君だったら、いくらでも女の子が寄って来るでしょ?」

「他の娘じゃダメなんだ。梢恵さんじゃなきゃ……」


こんなに情熱的に自分の気持ちを素直に伝えられるのは、若さの成せる業?それは、私がとうの昔に忘れてしまった純粋に人を愛するという気持ちを思い出させてくれた。


でも、そんな感情を思い出したところで、白石蓮の気持ちに応え彼を受け入れる事は出来ない。


「ごめんね……私には、大切な人がいるの」


彼の体がビクリと反応したのがハッキリ分かった。けど「それって、神矢部長?」と言った声は、至って冷静だった。


白石蓮が部長の名前まで知ってる事に驚き、私の方が動揺してしまう。


「部長の事……知ってるの?」

「少しはね。専務の娘と離婚したバツイチ男だって事は知ってる。で、何?あの神矢部長とは本気だって言いたいの?」

「えぇ、部長は今までの男性とは違う。近々、一緒に住む予定だし、もちろん真剣にお付き合いしてる」


白石蓮には悪いと思ったけど、妙に期待させるよりハッキリ言ってあげた方が彼の為。


「だから、君の事を好きにはなれない」


私を抱き締めていた体が離れていく。これで彼も諦めてくれたと思った。


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