『それは、大人の事情。』【完】

白石蓮と視線が合うと、私はもう一度「ごめんね」って謝った。けど、彼は首を傾げ不思議そうな顔をする。


「どうして謝るの?」

「どうしてって、君の気持ちには応えられないから……」

「そんなのまだ分かんないでしょ?今は神矢部長が良くても、この先、俺の事を好きになるかもしれないし」


なんてポジティブな子なんだろうと感心してしまった。ショックを受けてるんじゃないかと心配したのに……大きなお世話だった様だ。


「じゃあ、そろそろ帰るね」

「えっ?帰るの?」


今までなんだかんだと理由を付け、居座り続けてきたのに、あまりにもあっさりそう言うものだから拍子抜けしてしまった。


「梢恵さん明日も仕事でしょ?俺も朝からカフェのバイトあるし、夕方からは清掃の仕事もあるから少し寝ないとキツいから」

「あ、そうか……家は?ここから遠いの?」


彼の住んでいる所なんて興味なかったのに、つい話しの流れで聞いてしまった。


「俺のアパート、カフェの裏にあるんだ。良かったら遊びに来てよ。梢恵さんならいつでも大歓迎だからさ」


カフェの裏のアパート……あ、そうか。だから一緒の駅で降りたんだ。


「それはどーも、でも行かないから」


冷たく突き放すと、残念そうに「チェッ」と舌打ちした白石蓮が私のジャージを着たまま玄関を出て行こうとする。


「ちょっと、その格好で帰るの?」

「うん、裸で帰るのマズいでしょ?このジャージはちゃんと洗って返すから」


もうほとんど着ていないジャージだから返さなくてもいいと言おうとしたのに、白石蓮は爽やかな笑顔を残し出て行ってしまった。


< 59 / 309 >

この作品をシェア

pagetop