『それは、大人の事情。』【完】
「……修」
それは、佑月の彼氏で、私を二年前に振った北山修だった。
もう完全に吹っ切れたと思っていたのに、彼に名前を呼ばれただけでこんなにも動揺するなんて……でも、それを修に悟られるのがイヤで、ワザと丁寧な言葉で淡々と話す。
「明後日の輸入食品フェアーで展示販売するコーヒー豆の件ですが、今現在、サンプルの在庫はどのくらいありますか?」
『サンプル?そうだな……フェア―が終わった後の営業用に、四ケースほど確保してあったかな……』
四ケースか……それだけあれば、試飲には十分だ。
「申し訳ないのですが、そのサンプルを、フェアー当日の試飲に回してもらえないでしょうか?」
『試飲に?なんだそれ?』
不信がる修に事情を説明し、協力して欲しいとお願いすると、修は小声で『それ、誰のミスだ?』って聞いてきた。
「それは……」
どうしても佑月の名前を出す事が出来ず、自分のミスだと嘘をついてしまった。すると修が、今からこっちに来ると言う。
「あ、その……オフィスじゃなく、第二会議室に……」
『第二会議室?分かった。すぐ行く』
受話器を戻し、大きく息を吐くと天井を仰ぎ見る。
修とはもう関わりたくないと思っていたけど、佑月を助ける為だ。そう自分に言い聞かせ、修を待つ。そして数分後、会議室のドアが開き修が現れた。
「久しぶりだな。梢恵」
二年前と変わらぬ優しい笑顔で近づいて来る修に、私は笑顔を返す事が出来なかった。