『それは、大人の事情。』【完】
引きつった顔で、再びサンプルを試飲にまわして欲しいと頼み頭を下げる。
「頭上げろ。心配しなくても協力するさ」
「本当ですか?」
「あぁ、それより、知らない仲じゃないんだから敬語はやめろよ」
ふわりと頭に置かれた手が私の髪をすき、頬を撫でる。そして、次は……二年前、修はいつもこうやって私にキスしてた。
「や、やめて!」
咄嗟に修の手を振り払ったけど、その腕を掴まれ彼の胸に引き寄せられる。
「……この香り」
「な、放して!」
修の腕の中で必死にもがいていたら、彼が大きく息を吸い込み「梢恵のこの香り、懐かしいな」と呟いた。
「何言ってるの?私をフったくせに」
すると修は、信じられない言葉を口にした。
「実はな、梢恵をフった事、後悔してたんだ」
「……うそ」
「嘘じゃない。梢恵を失って、やっと気付いた。俺が本当に好きだったのは、お前だったんだって……佑月とは別れた。だからもう一度、俺と付き合ってくれ」
今更何を言ってるんだろうと思った。あんな残酷な別れ方をしておいて、また付き合おうだなんて。それも佑月の親友の私と……
その時だった。私達以外に誰もいないはずの会議室に甲高いヒールの音が響き、振り向いたのと同時に頬に強烈な痛みが走った。
痺れる頬を押さえ、その人物に視線を向けた瞬間、私は愕然と立ち竦む。
ワナワナと怒りに震えた佑月が私を凝視し、吐き捨てる様に言う。
「やっぱり、修のセフレは……梢恵だったんだね」