『それは、大人の事情。』【完】
当然、怒鳴られるだろうと思っていたし、また殴られるのも覚悟の上だった。でも、佑月は取り乱す事なく無言で目を伏せる。
佑月のそんな悲し気な姿を見るのは、激しく罵倒されるより数倍辛かった。
「今まで黙ってて……ごめん」
堪らず深々と頭を下げると、階段の手すりにもたれ掛かった佑月が大きなため息を付く。私は頭を下げたまま佑月の言葉を待った。
佑月、何か言って。なんでもいいから……お願い。
強い風に体を揺さぶられながらギュッと目を閉じた時「―――梢恵も辛かったんだね」佑月がそう言ったんだ。それは、決して嫌味なんかじゃなく、心の底から私を憐れんでいる切なそうな声。
「知らなかった。彼が梢恵にそんな酷い事してたなんて……そんな事があったから、梢恵は男の人を信じられなくなったんだね。
なのに私ったら、本気の恋をしろだなんて、梢恵の傷口に塩を塗り込む様な事言ってたんだ。他の人ならまだしも、修の彼女の私に言われる事がどんなに辛かったか……」
「……佑月」
ゆっくり顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、大粒の涙を零す佑月の顔。
「私、梢恵の気持ちも知らずに、彼の事をノロけたりしてたよね。本当に、ごめん」
まさかこんな展開になるなんて思ってなかったから半信半疑で聞いていた。
「私を許してくれるの?」
「許すも何も……梢恵は私と修が付き合ってるのを知らずに彼を好きになったんでしょ?悪いのは、私の事を黙ってた修だよ。梢恵を騙してた彼が悪い」
その言葉を聞き、この二年間、ずっと心の中にあった罪悪感が一気に消え気持ちがフッと楽になる。