『それは、大人の事情。』【完】
「今夜はちょっと用事が……」
咄嗟に出た嘘。でも部長は私の言葉など聞いてない。
『六時に昨夜、お前を降ろした場所で待ってる。必ず来いよ。いいな!』
それだけ言うと電話は一方的に切れた。
なんなの?たった一回関係を持っただけなのに、何か勘違いしてるんじゃない?私は部長の女じゃないのに……
マンションに帰ってもイライラは収まらなかった。乱暴に玄関のドアを閉め部屋の窓を全開にする。
「―――でも……」
一気に吹き込んできた風になびく髪を右手でソッと押さえると、本音がポロりと口をついて出た。
「ベットでは……凄く優しかった」
昨夜の部長との情事が脳裏を過り、複雑な気持ちになる。そして唇を噛みしめ大きなため息を付いた。
佑月には、まあまあだったなんて言ったけど、ホントは凄く良かった。今まで抱かれた男の中で一番感じたかもしれない。
あ……私ったら何考えてんだろう。どんなにエッチが良くても、簡単に部下に手を出すただの好きモノの男じゃない。今までの男達と何も違わない。
でも、そう思えば思うほど、部長の顔がチラつき落ち着かない。前から観たかったDVDを観てても、気付けば時計に目が行っていた。
五時か……部長は六時に迎えに来るって言ってた。どうしよう……
迷いに迷った末、結局私は部長と会う事にし、マンションを出た。昼間はあんなにいい天気だったのに、もう厚い雲が空を覆い小雨が地面を濡らしてる。
ドット柄の傘をさし坂道を下ると、あのカフェの前を通りすぎ、昨夜、部長にタクシーで送ってもらった大通りにあるコンビニに向かう。