『それは、大人の事情。』【完】
「トイレ貸して下さい」
「あ、トイレね。こっちだよ」
洗濯物を畳む手を止め歩き出した私の後ろから沙織ちゃんの声がする。
「ねぇ、このパジャマって、パパの?」
まさかそんな事聞かれるとは思ってなかったから返事に困る。私のだと言おうとしたけど、それはどう見ても男物。だから軽い気持ちで嘘をついた。
「うん、そうだよ……」
でも、その嘘が自分の首を絞める事になる。
「ふーん、パパって、お姉ちゃんとこにお泊りするんだ」
真司さんが私の部屋に泊まった事など一度もない。一つ目の嘘のせいで、私は二つ目の嘘をついた。
「―――時々ね」
「でも、そのパジャマ、パパの趣味じゃないよね。パパ、そういうの好きじゃないのに……」
「えっ……」
沙織ちゃんがトイレに入ってる間に洗濯物を紙袋に詰めクローゼットに押し込むと、大きく息を吐く。
沙織ちゃんのさっきの目、まるで私が嘘を付いてるのを見透かしている様な目だった。
私は、六歳の子供に恐怖を感じていたんだ。
それから一時間後、やっと真司さんが沙織ちゃんを迎えに来て、これで沙織ちゃんから解放されると安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。
真司さんが自分の足に抱き付き甘える沙織ちゃんの頭を撫で、嬉しそうに笑ってる。その微笑ましい光景に私も目を細め眺めていたんだけど、急に彼が「今から引っ越せるか?」と聞いてきた。
「うん、もう用意は出来てるけど……」
「そうか、じゃあ、このまま一緒に俺のマンションに行こう」
微笑む真司さんに私も笑顔で応えたが、その笑顔は彼が次に言った一言で、一瞬にして消え失せた。