『それは、大人の事情。』【完】

どうせまた軽くあしらわれるんだろうと思ったのに、部長は一番初めに焼けた肉を私の取り皿に乗せ小声で呟く。


「あるさ……無性に肉が食いたくなったんだ。でも、一人で焼き肉屋なんて来れないだろ?」

「えっ?」


要するに、私は貴重な休日に、部長の肉を食べたいという欲求を満たす為だけに呼び出されたって事か……


「部長、知らないんですか?今は一人焼き肉流行ってるんですよ。それに私、休みの日は忙しいんです。こういうのは平日にお願いします」


嫌味交じりそう言って、取り皿に乗ってる特上塩タンを頬張る。


「あ……何これ?めっちゃ美味しい」


さすが一般人にはなかなか来れない高級焼き肉店の塩タンだ。こんなに分厚いのに、嘘みたいに柔らかい。それに、この絶妙な焼き加減が更に肉の旨さを引き立たせてる。


何気に感動していると、そんな私を見た部長が呆れた様に小さく息を吐く。


「休日に誘って悪かったな。そんなに忙しいならもう帰っていいぞ」

「ぐっ……」


ここまで来て帰れだなんて、それも、こんな美味しい肉を一口食べた後に言うなんて……部長って、ホント、ヤな男。


「せっかく来たんですからご馳走になりますよ」

「なら、文句言わずに食え」

「あ……」


眼鏡の奥の目が笑ってる。


部長が異動してきて一週間、私は初めて彼の笑顔を見た様な気がした。


部長って、笑うと意外に可愛い……


不覚にもドキッとしてしまい慌てて部長から目を逸らす。


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