トンネルを抜けるまで

「それにしても真っ暗ですねー」
 そうですね。暗い所は平気ですか?
「以前、デパートで停電になりまして。幼い私は、デパートのおもちゃやお洋服がとても魅力的で、勝手に動き回ってました。だから、親と離れ離れになってしまって。とても怖かったんです。でも、同時に楽しくって」
 楽しい、ですか?
「ええ。暗くて先の見えない世界は、まるで冒険の様でした。何度も物にぶつかって、でも手探りだったり勘だったりで前へ進んでいく。勇者になった気分です」
 それは頼もしいですね。僕から見れば、貴方は敵にさらわれてしまうお姫様に見えますが。
「いえ全く! 電気は長いことつきませんでしたが、私電気がつく前に何と外へ脱出出来たんです!! それも始めは屋上にいたのに、ですよ?」
 すごいですね。電気が無いと言うことはエレベーターも使えないのに。あ、でも階段も手すりをずっと掴んで降りれば、意外と安全なのでは?
「うふふ、それは言わないで下さいな」
 おっと、これは失言。申し訳ないことを言いましたね。
「あの時は一人きりでの冒険だったけど、二人旅と言うのも良いですね」
 そうかもしれませんね。僕は今まで一人旅ばかりでした。
「やっぱり、お一人の方が落ち着きますか?」
 はい。親との関係も決して良好では無くて。あまり気楽に話せる相手は、実のところいないんです。
「一人も?」
 いない……と言いたいところですが、一人くらいは、いたのかな。けれど、これではいけないと思っています。せめて、親とはもう少し腹を割って話さないといけないと。お互い、何時いなくなってしまうかもわかりませんから。
「ダニエルは偉いですね。私なんか、親と喧嘩している真っ最中です」
 喧嘩していらっしゃるのですか? 貴方のことを、とても大切にしていらっしゃるのに。
「見せかけだけですよ。おしとやかにしろって芸事とか、勉学とか、私が嫌なことばかりさせようとするのです。本当のところ、私は結婚より、仕事をしたかったのですが……親が結婚しろとうるさくて」
 なるほど。それで、僕とお見合いに。
「申し訳御座いません。けれど、嫌だったらすぐに断ろうと思っていたのです。ですが、何故か私達よりも親同士で仲良くなってしまったので、もう気が付いたら勝手に物事が進んでいて……」
 もし貴方から言いにくい様でしたら、僕から親に言いましょうか?
「いえ! その……もう少し、貴方様とお話をしてから……そう、思いませんか?」
 構いませんよ、是非。僕も貴方とはもう少し話をしてみようと思っていたのです。彼女に言われて。
「彼女?」
 腐れ縁の友です。貴方のことを話したら、優しくしろってうるさくて。ちなみに、潔癖症は嫌ですか?
「嫌と言うより……私、ホコリとかカビとかにあまり興味が無くて。以前、祖母の家で腐ったミカンを食べて当たったこともあったので」
 そのエピソードには思わず笑った。大爆笑する僕を見て安心したのか、セシリアも声を出して笑った。
「でも、おばあちゃんもおばあちゃんです。あの人天然ですから、ミカンが柔らかくなってても、熟していると勘違いしていたみたいで。……えっと、もしかしたらそういう面では、合わないのではと、当初から思っておりました」
 そうだな。それは僕とは正反対だ。でも、それくらい無頓着なくらいの方が気が楽かもしれないな。勝手に掃除されるのは嫌かい?
「ううん、まさか。でも、仮に結婚した後、掃除が貴方、食器洗いが貴方、洗濯貴方……私、一体何をしたら良いのかしら?」
 そうか。確かに食器も水アカがついていたら嫌だしな……料理は出来ますか?
「ええ。でも、後片付けは貴方になるの?」
 僕は洗うの好きですから構いませんよ。
「何だか罪悪感に苛まれそうです。とうとうゴミ捨てくらいしか出来ない気がしてきました」
 僕は一向に構いませんが、嫌ですか?
「うん……何だか、他人にばかりしてもらうのは嫌です。あの、不愉快だと思うかもしれませんが、始めのうちだけでも、その家事私にさせていただけませんか? もし、一緒に暮らす様になったら、の話ですけれど」
 セシリアは困り顔を向けて僕に尋ねた。そう言えば、エルが言ってたな。彼女の前で掃除をするなとか何とか。つまりはこう言うことなのか。
 ああ、そう思ってくれるだけでも有難い。そうしてもらえるのなら、是非。
「有難う、報われます」
 彼女の偉いところは、僕が潔癖症であることを知り、全てやると言っても、自分でもしようと言う思いがあるところだ。今までも女に言いよられて恋人になったことは何度かあったが、僕が掃除をすると、女がどんどんなまけていったり、逆にこれをやってと他のことを要求されたり、しまいには男を作って捨てられる。女と言う存在にロクな経験が無い。……いや、僕が駄目にしたのかもしれないな。
「ダニエル? ダニエル~?」
 セシリアの声で我に返った。
「ダニエル、もしかして体調悪い?」
 いや。少し過去に付き合った女性のことを思い出してね。ロクな女性と出会えなかったが。だが、ロクな女性にならなかったのは、僕が家事をしすぎたのが悪いのかもしれないと思っている。
「うーん。そうですねぇ、親も過保護すぎると駄目だって言いますし、恋人もそんな感じなんでしょうか」
 形は違えど、きっと同じなのだろうな。
「でも、結果的にどうなるかは自分次第だと思うのです。確かに、近しい人が何でもやってくれたら嬉しいし、そのうちそれが当たり前になっていくのかもしれません。でも、やっぱりそのうち、嫌になる時がくるはずなんです」
 そうだろうか。大概の者は味をしめるものなんじゃないのか? と言うか、僕の出会った女性は大概そんな人間ばっかりだったしな。
「うん。でもそれは人によって違うのではないでしょうか。私も現状、親の力をまだ借りている身なので強くは言えないのですが……。だって、私達が関係を作るのは親だけでは無いでしょう? それは友達だったり、先生だったり、恋人だったり。色んな価値観の人と出会って、そうしたら色々気を遣わなくちゃいけなくなります。そうしたら自然と、私これで合ってるのかなって思うのではないでしょうか」
 それは、貴方が汚れを知らないからだ。貴方の様な考えを持つものばかりでは無いよ。この世の中はね。
「いえ、私も淀んでおりますよ。淀んでいるからこそ、罪悪感と言う黒々しい感情に敏感で、それを否定してしまうんだと思います。ダニエルはありませんか? あんなことしなければ良かった。こんなことしなければよかったってこと」
 セシリアの言葉に、歩みを止めて考える。些細な言い争い、行動しなかったことへの後悔、嫌な現実を知らんふりする自分。思い浮かべれば罪悪感が目の前にずっしりと並んだ。
 ……結構、あるな。
「そうでしょう。でも、それがある間は安心も出来るって思うんです。罪悪感があるから、私達は成長出来て、強くも優しくもなれるのですから。……ねっ、これってなんだか勇者っぽくありません?」
 ん、勇者? 何処がだ?
「私達が勇者なんです。世の中の嫉妬、憎悪、罪悪感、それらを掻い潜ったり受け止めたりしてレベルアップする! 正に勇者ですよ!!」
 ……もしかして貴方、ゲームが好きなのですか?
「うふふ、親に色々しごかれましたから。友人の家でさせてもらうRPG(アールピージー)が唯一の癒しなんです。え、もしかしてダニエルはしないのですか?」
 どちらかと言うと本が好きなのでな。否定はしないが。
 エルもなかなかの変人だったが、ジャンルは違えどこの方もなかなかの変人みたいだ。口調がのんびりでおっとりしている様に見えるので、全然イメージになかった。
「本も良いですよね~親に本を読む勉強って言ってファンタジーを読み漁ったものです。しおりを挟んで、本をパタンって閉じて天井を見るの。そしたら、話の主人公と私が交代して、困った人を助けたり、魔王に操られた魔物を正気に戻しに行くの」
 はいはい。それは置いとこうか。
「ダニエルは、皮肉屋のライバルって感じですね。でも、最終的には私とハッピーエンドになるタイプで~」
 正直に言うが、仮に貴方が勇者だとすると、技の名前唱えてる間にやられると思うぞ。貴方の喋りはゆっくりすぎる。
「大丈夫です、技名唱えないで戦うタイプですから!」
 そんな答えは求めていない。それよりな、此処は現実だからな。剣や銃を持てない世の中だ。正気に戻るのは貴方の方だぞ。
「そうです、此処は現実なんです。ゲームの様に何をしろって言われないし、何回も喋りかけたら、人の返事は変わってくるんです。そんな世界ですから、ダニエルもきっと良いことありますよ」
< 31 / 36 >

この作品をシェア

pagetop