トンネルを抜けるまで
 急に態度を変えるんじゃない、こっちの切り替えに戸惑うだろう。結局、貴方はゲームと現実、どっちが好きなんだ?
「どっちも良いところと悪い所がありますから。でも生きてるのはこっちなので、こっちで奮起しようと思ってます」
 それが賢明だな。で、そんなリアル勇者の貴方が何故此処に?
「此処って?」
 此処は、生と死を彷徨っている人間が来るところだそうだ。つまり、僕と貴方は今命が危険な状態だってことなんだ。
 僕の言葉を聞くと、顔を青くして両手を頬に当てた。どこぞの絵で見たことあるな。
「え、え……私今生死彷徨っちゃってるんですか!? あれくらいのことで!?」
 あれくらいのこと?
「は、はい。私コンビニで少年漫画を立ち読みしていたのですが」
 いちいち庶民派だな、貴方。
「買って読みたいのですが、親に見つかると困るので……それは置いておいて、そこで強盗と遭遇しまして」
 そこまで聞いて、嫌な予感がした。勇者だのRPGだの言っている人間だが、まさか……。
 ……立ち向かったのか。強盗に。
「アレ、すごい。何で分かったんですか?」
 分かるよそれくらい! ま、まさか、刺されたのか!?
「いいえ、それが撃たれたんです。意外でした?」
 どうでも良いよ!! いや、良くは無いが……。何でそんな馬鹿なことをしたんだ。敵を威嚇するなんて。どうぞ殺して下さいと言っている様なものだぞ。
「ああいや、私も一応現実との区別はなるべく付けるタイプですので」
 さっきの話しぶり、全然付いてる様には見えなかったが。
「始めのうちは黙っていたのですが、おばあちゃんが犯人に説得しようとしてて、そしたら犯人が怒っておばあちゃんに手を出しそうだったので、おばあちゃんの前まで行ったら、バンッと」
 オイ、それの何処があれくらいのことなんだ。かっこよすぎるだろう。僕の方がよほどあれくらいのことだよ。
「ダニエルはどういった理由で?」
 聞かないでくれ。本当にあれくらいのことなんだ。
 目を逸らすと、セシリアの方からしとやかな笑い声が聞こえる。ちらっと目をやると、口元を手で押さえて笑っていた。
「決して良いことではありませんが、不可思議なことですね。同じ様な時間帯で、そんなことになっちゃうなんて」
 そうだな。貴方とも相当な腐れ縁を感じるよ。それにしても、僕達はどうやら話し過ぎた様だな。知るべきでは無いことまで聞いてしまったみたいだ。
「嫌いになりました?」
 嫌いではない。ただ、この先めんどくさそうだなと。
「人間誰しも簡単にはやってけませんよ」
 それもそうだな。
「私は話せて良かったです。本当はもっとクールな人だと思ってましたから、楽しく話せて良かったです」
 いつもはもっと落ち着いているんだ。しかし、貴方といるとハラハラがつきないんだ。本当に貴方がこんなにも破天荒だとは知らなかった。
「破天荒だなんて。ダニエルにも罪悪感と言うものがあれば、きっと同じ様なことをしていたと思いますよ。勇気って言うと少し恥ずかしいけど、罪悪感ならやろっかなって思えるもんです!」
 勇気なんて勇者の鉄則だけどな。罪悪感なんてダークヒーローだ。
「どっちでも良いです。結果誰かを救えたら」
 君の様に、誰かを命がけで守ってみたいものだ。
「出来ますよ。私と対等に話せた貴方様なら」
 口元に手を当てて微笑む。終始ふざけた子だ。
 まさか、こんな身の無い話で終わってしまうとは。エル以外でこんな風になるとは思ってもみなかった。まぁ、後に気づくよりは印象が良いだろう。目の前には真っ白な光が出迎えている。さぁ、此処が出口だよと言わんばかりの。
「それじゃあ、後程後日談でも話し合おう。こっちも生き返り次第、すぐ病院へ行く」
「うん。待ってます。せーの!」
 セシリアの掛け声で光に飛び込んだ。そのままショック死してましたってオチだけはよしてくれよ、セル。
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