トンネルを抜けるまで

 そんな心配は無用だったらしい。無事目を開けることが出来た。それも、目を開けたのは車内。窓をドンドン叩く、見知らぬ男の方を向くと、男がため息をついた。息を吹き返して安心したのだろう。そしてそのすぐ後、窓越しに大声を上げる。「鍵を開けろ!!」
 自分からぶつかっておいて。何て奴だ。そうは思ったものの、ぶつかってこられた以上は、話し合いが必要になる。そう思って鍵を開けた。その瞬間、男が急に後ろの座席に座り、ドアを閉めると勝手に鍵をかけた。
「走れ! こっちの車は動かねぇんだ、責任取ってもらうぜ」
 はぁ? こいつは一体何を言っているんだ。ぶつかって頭おかしくなったのか?
「言うこと聞け! さもねぇとお前もこいつも命がねぇぞ!!」
 男は僕に向けて拳銃を突きつけてきた。だが、それ以上に驚いたのは、男の足元に寝転がされている女性の存在だ。
 ……セシリア、どうしてそいつを。
「ん? コイツお前の知り合いか。もしかして、彼女か? だとしたらやることは一つだよな、お兄さん」
 思わず舌打ちをした。後ろからこっちに近づいてくる車達は警察か。本当なら大人しく差し出したいところだが、彼女を傷つけかねない。どうする。
「早く行け!!」
 男は怒鳴り、セシリアの肩に銃口を押しあてた。ただでさえ腹に一発いってるのに。一回生き返ってきた以上、そう何度も戻れやしないだろうし、何度も打たれたら生きる希望なんて……。
 気がつけばアクセルを踏んでいた。抜かせられる車を抜かしていき、警察の車から少しずつ離れていく。
「そうだ、それでいい」
 で、金は取れたのか?
「ああ。まぁ、予想してたよりは心もとないが……ってお前、何でんなこと知ってんだよ!」
 やばい、そう言えばずっと車の中にいたんだった。セシリアに聞きました。なんて言うわけにもいかない。
 お前の持ってるもので予想付くよ。
「そ、そうか。……って余計なこと聞くんじゃねぇ! お前等の命は俺が持ってるんだからな」
 ああ、わかってる。だが、あまり彼女を刺激しない方が……もう既に一発くらってる。2発目いかなくても、そのうち死んてしまうかもしれない。そうなると、お前の印象と罪は重いぞ。
「捕まらなければ良い話だろうが。口出しすんじゃねぇ」
 罪の方は、な。逃げるってのは、そう簡単にはいかないだろう。ここ等で自白しといた方が、罪は軽くなると思うが。強盗も、未遂も、僕との衝突事故もね。
「黙れ! 助かりたいって思ってんのは分かってんだぜ。助かりたいならな、俺の指定する場所まで黙って運転しろ」
 助かりたいなら? そこについたら無傷で離してくれるとでも? 離した時点で僕が電話したとしても? いいや、そんなわけがない。彼女も僕も、撃ち殺されるのがオチだろう。
 信号が赤になった。とりあえず、気を落ち着けよう。
「何で止まるんだよ、進め!」
 此処で信号無視して捕まったら、元も子もないだろう。
「お前小心者だな。コイツがどうなっても良いのか?」
 嫌なことがあるとすぐそれだ。実際に撃たないからまだ安心出来るが、脅しでもやはりハラハラする。貴方って人は、また僕をショック死させようとしてません?
 信号が青になり、男の言うとおりのルートを進む。パトカーの視界からは外れたが、ガソリンだって限られている。何処へ行く気だ?
「あそこで止まれ」
 車を茂みに止め、僕や血だらけのセシリアを連れて来たのはボロい小屋が一つあるだけの浜辺だ。真っ白な砂に、セシリアの血が酷く滲む。
 共に小屋へ入ると、灰色のスーツを着た、白い顔の男がいた。
「さぁ、今月の利息は持ってきていただけましたか?」
 借金取りか。わざわざこんな人気の無い所で待ってるとは。コイツ、計画を知ってたな。僕達を脅していた男はへこへこと頭を下げて金を渡した。セシリアは、こんなロクでもない男の為に、こんな目にあったのか。こんな、自分勝手な都合で。拳を強く握りしめた。
「じゃ、後始末頑張って。これからもどうぞごひいきに」
「は、はい!」
 男が頭を下げると、その頭に新たな金を乗せて去って行った。頭を下げ、バラバラになった金を、必死にかき集める無残な姿ときたら。
 握りしめた拳で、思わず男の首根っこを引っ張り上げていた。
「な、何しやがる! こっちにはな」
 すかさず離れ、我が子の様に拳銃を持つ男。ポケットに入れていた携帯を取り出し、ため息をつきながら耳にあてた。
「撃つぞ! ……分かった。この金やるから、お前は黙って此処からいなくなれ」
 構わず耳に当て続けた。すると携帯から男の声がした。どうやら繋がったらしい。
「はい、此方――」
 何処の誰か聞く前に、銃声が響いてしまった。良かった。早々に撃ってくれたから、殴らないで済んだ。
 ……でも、一発くらい殴っても良かったかな。
< 33 / 36 >

この作品をシェア

pagetop