〇年後、微笑っていられるなら〇〇と。
【今、会えるか?】
【どこ?】
【京の会社の前に居る】
【え?もう居るの?解った。すぐ行くね】
【まだ仕事があるから直ぐ戻るけど】
【そうなんだ】
「あ、陽人。どうしたの?」
わざわざ会社に寄ってくれるなんて…嬉しい。
「京…」
手を引かれて建物の陰に入った。
「何?」
なんだろう。こんな事…なんだか秘密めいてドキドキする。
慌てて来たのね。
コートのボタンも留めてないなんて。
陽人は私の正面に立った。
ボタン、留めてあげようと手を伸ばしかけた。
「京、俺達、終わりにしよう。鍵は送ってくれ。
うちにある京の物は、なるべく早く纏めて送るようにする。
話はそれだけだ。
じゃあ、俺は仕事に戻るから。
…京。短い間だったけど、有難うな」
抱きしめられて、そして口づけられた。
長くきつく抱きしめられた。
微かに京って聞こえた。その後の言葉、聞き取れなかった。
陽人は離れていった。
京、もう、こうやって抱きしめる事も出来ないんだな。
「あ、京?どこ行ってたの?もう帰れるでしょ?帰ろ?…京?…」
「……う、ん…。あ、麻美ごめん、先に帰って…私…」
「え?あ、ああ、そういう事ね。解った。じゃあね」
麻美は陽人と約束があると思い込み、手を振りあっさり帰って行った。
デスクの椅子を引いて落ちるように腰掛けた。
宙を見ていた。何も聞こえない。
視界が滲んでいく。もう、前が見えなくなった。
時間が止まってしまった……。
どのくらいそうしていたのだろう。
誰かが肩に手を置いた。
「碧井…。京…」
「…課長…私…」
「もう誰も居ない。みんな帰ったよ。
帰ろう。送って行くよ。
仕事はいいから。もう片付けろ」
「は…い…」