可愛い弟の為に
「うわあ〜!」

桃ちゃんの目が輝いている。

朝食後、すぐにやって来たサーキット。
睡眠不足の身に長距離運転はキツかった。
しかも天気雨。最悪。
もっと最悪なのは透。
雨の中、よくバイクでここまで走ったよな。
車の中では隣で桃ちゃんは爆睡だったけど。

「何だかワクワクする匂い」

「でしょ?」

透の機嫌もすっかり良くなっている。
ガソリンとオイルとタイヤの匂いがあちこちからする。

「ちょっと、挨拶に行こうと思うんだけど」

そう言う透の後を付いて行くとそこはK-Racingのピットだった。

「おはようございます」

「おお、高石君!」

スラッとした細身の男性が透の姿を見て嬉しそうに手を振る。

「先日はバイクのご購入、ありがとうございます!」

ほお、透はここのお店でバイクを買ったんだ。

「いえいえ、こちらこそ、わざわざあっちまで運んでくださってありがとうございます」

何、運んでもらったのか!結構距離があると思うぞ。

「ついでがあったからね。ちょうど良かったよ」

その人はチラッとこちらを見て頭を下げる。
僕も桃ちゃんも頭を下げる。

「…真由、多分今日にも出産するよ」

「えっ?」

「昨日から産気づいているらしい」

ああ、この人が。
僕の同い年で真由ちゃんの旦那さん。

「うわあ、いよいよですね」

「そうだね、俺、レース終わったらすぐに病院へ行くつもりだけど間に合うのかな」

そう苦笑いをしたのはこの時、全日本ロードレースで活躍していた門真 総一さんという人だった。



しかし、今日の雨は酷いな。

こんな雨でもレースをするとは恐れ入ります。
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