可愛い弟の為に
外来が終わると、新たな入院患者の検査オーダーを出し、いつもなら休憩に行くけれどその時間を削った。

とりあえず小児科病棟へ。
一番会いたかった河内さんがいてホッとする。

「どうされました?」

僕の様子を見て河内さんはナースステーションから出てきた。

「少し、お話宜しいですか?」

僕が言うと河内さんは廊下の隅っこを指さす。
そこへ行くと

「透先生の事ですか?」

「はい。実は彼女とよりが戻ったそうです」

河内さんは嬉しそうに手を叩いた。

「食事にちゃんと誘えたんですね!良かった、言っておいて」

やはりあなたが動いていましたか~。

「ただ、心配なのは小児科の…」

「至先生、それはよくわかります」

最近、明らかに透を狙う看護師が数人、それぞれで動いている。
透はのらりくらりとかわしているが。

「私が釘を刺しておきますので。そのうち諦めるように仕向けますわ」

「ありがとうございます」

僕は頭を下げた。

そしてナースステーションの前まで戻ってくると

「ではよろしくお願いします」

「いえいえこちらこそよろしくお願いします」

再度、お願いしてそのまま産婦人科へ。



「至先生が来られるとは珍しい」

江坂先生はちょうど休憩から帰ってきたところだった。

「少し、お時間宜しいでしょうか」

江坂先生は何かを察した様子で空いてる面談室に招き入れてくれた。
そして着席するように勧められて、僕は一礼して座った。

「透がこの前お話した彼女と復縁したそうです」

「そうですか、おめでとうございます」

嬉しそうに江坂先生は言うが僕は首を横に振った。

「僕のただの妄想で済めばいいのですが。
もし、透が早まって彼女を妊娠させるようなことがあれば先生に担当をお願いしてよろしいですか?」

「えっ…?」

江坂先生が目を丸くする。

そりゃそうだ。

「やりかねません。今まで抑えられてきた分、十分あり得ます。
それに両親が彼女との結婚をすんなり許してくれるかどうか。
そうなるとその手に出てくる可能性が大なのです。
子供さえ出来たら反対するにも出来なくなりますからね、僕の親も。
…親よりも親戚の圧力を考えると本当に取ってほしくない方法ですが」

ただの杞憂に終わって欲しい。

「まあ、透先生に限ってそういうことはないとは思いますが、
至先生がわざわざ来られるというのは何かおありなんでしょうな。
万が一の時は協力しますよ」

ありがたい。
僕達は面談室を出た。

「ありがとうございます」

頭を下げている時に透がNICUにやって来た。



「透」

NICUにまさに入ろうとする透を引き留める。

「はい」

「ちょっと」

手招きして廊下の隅に呼び寄せる。

「兄さん、何?」

明らかに機嫌が悪い。
しばらく家に帰っていないのだろう。

「イライラしても何も解決出来ないぞ」

「…うん」

透はようやく大きな息を吐いた。
肩に力が入り過ぎている。

「ハルちゃんから聞いたよ」

透は目を丸くする。

「付き合う事にしたんだってな。良かったな」

「…うん、ありがとう」

心から『ありがとう』を言ってないな。

「父さんや母さん、手強いと思うけど、ちゃんと伝えるんだぞ?
ハルちゃんをちゃんと守るんだぞ!」

「…うん、わかっているよ」

「何かあれば応援するから」

僕はそう言って透の肩を叩いた。
透のテンションの低さに少し不安だったが僕は病棟を後にした。
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