尽くしたいと思うのは、




「……ごめん、勝手なことして」

「そうじゃないだろ」



苛立ちを押しこめた声を、浅田は喉の奥からかすかにもらす。そして俺にからだを向けて、鋭く睨みつける。

拳はアスファルトに押しつけられていた。



「問題なのは、水瀬を泣かせたことだろうが!」



空気が震える。胸がつまる。

ああ、そうか。こいつは俺と水瀬ちゃんにあったことを詳しく訊かずとも、大体のことを察していたんだ。俺の行動を、迷いを、水瀬ちゃんを苦しめていることを。

だから今、俺に怒りを抱いている。



「お前の本当の姿や、悩んでいることは知っている。だからといって、中途半端なことをして水瀬を振り回すな」



俺と違って女遊びなんてしたことない浅田の言葉は、胸にくる。

その時の大切な人をひとりだけ、誰よりも想う。正しい愛だから、俺みたいに悲しませることのない愛だから、……きっと浅田の方がいい。浅田なら水瀬ちゃんを幸せにできる。



そう分かっているから、今までずっと浅田を応援してきた。この前だって水瀬ちゃんに付き合うよう勧めた。

間違いじゃない。間違いじゃないから、だから悔しかった。俺が軽いのは自業自得なのに、まっすぐな浅田がどうしようもなく妬ましかった。



「お前はどうなんだよ。
水瀬への気持ち、はっきりさせろよ」

「俺、は……」

「好きなら好きって、言ってみせろ」



そう強い瞳を向ける浅田と視線を交わしていられるほどのしっかりしたものがない俺は、目をそらした。



その態度に苛立ちながらも冷静さを取り戻したらしい、浅田が先に戻ると言い残して立ちあがる。バタン、と扉の音が大きく響いた。

ひとりになった屋上で昼飯を食べることもできず、時間と雲だけが流れる。その様子をぼんやりとただ眺めていた。



そろそろ休憩がおわる、と重い腰をあげて事務室へと戻る途中、廊下の隅で話をする浅田と水瀬ちゃんを見かけた。彼女は日曜日空いてますと、よかったら連れて行ってくださいと、言っていた。



その時のふたりは互いに笑みを交わしていて、涙が浮かぶことなんて少しもないと自然にわかる。眩しくて、俺には手を伸ばすことすらできそうにない。

曖昧な感情が胸に渦巻くだけの俺は、かける言葉をなにひとつ持ちあわせていなかった。






< 60 / 72 >

この作品をシェア

pagetop