無機質な恋模様
ここ最近、彼女はちょいちょいこんな風に、とてもいとおしそうな表情でまるで歌うように、僕に呼びかけをするようになった。

その瞬間はすごく嬉しいし夢見心地になれるのだけれど、すぐに現実に引き戻される。

実はその裏に、とても悲しい真実が隠されていることを、残念ながら僕は知っているから。

心乱されつつも、とりあえず僕は今、僕のやるべき事をやり続けた。


「うふふ、ホント可愛い…」
「誰が可愛いって？」
「ひゃっ」

その後もその場から動かず、僕の働きぶりを眺めながら楽しそうに呟いた真奈美ちゃんだったけれど、背後からの男性の声にビクッと跳び跳ねた。

「あ、さ、佐々木さん！」

僕の稼働音は意外とうるさいし、出入口に背を向けていたのでそいつが至近距離に来るまで気付けなかったようだ。

僕はちょっと前から気付いていたけどね。

そして内心『チッ』と思っていた。

真奈美ちゃんとの貴重な二人の時間を邪魔しやがって…。

彼女はもちろんだけど、僕もそいつの事はよーく知っている。

真奈美ちゃんと同じ部署で、昨年度の帳票出力担当者だった佐々木という男。

前任者という事で、最初の一週間くらいはつきっきりで真奈美ちゃんに仕事を教えていたのだけれど、それ以降は彼女一人に任せるようになった。

まぁ、完全な一人立ちはまだ無理だから、要所要所で顔を出し、指示は出しているけどね。
< 5 / 54 >
表紙・目次

この作品をシェア

pagetop