さよならは言わない
「え……と、」
「笹岡です。笹岡絵里です」
この人には既に数回自己紹介をさせられた気がするけど、相変わらず私は外部の人間扱いで信用されていないようだ。
できるだけ気にしない様にしているつもり。会社によっては派遣社員はよそ者扱いをされてしまう。
同じように働いても、認めてくれるのはした仕事に関する部分だけ。
確かに短期間で仕事をするのだから人間関係を築く前に契約を終えることが大半だ。
人間性を認めてもらう暇などないのは殆どであまり期待しないほうが良いのはこれまでで身をもって感じていること。
「笹岡、同じ業界にいても会社によってやり方は随分と違う。同じ社内でも営業課が違えば俺が居る3課と1課ではこれまた違う」
森田さんの言いたいことは何となく理解できる。
だから話に合わせて頷いていた。
「同じ営業課でも俺はまたやり方も考え方も違う。だから、どんな些細な事でもネットじゃなくて俺に聞け。バカみたいな内容でもいい。時間が勿体ないから俺が理解できるまで説明する」
森田さんは人使いは荒いけど面倒見は良さそうな人のようだ。
派遣社員にここまで言ってくれた人はいなかった。
「そもそも君は事務の方面のスペシャリストとして仕事に来ているのだろう?」
「まあ、事務補助としてです」
「オフィスソフトやグラフィック系のソフトが使えるから契約しているのだろう? 建築業界のプロとして雇っているんじゃないんだ。そこは俺も承知しているから安心しろ」
森田さんは口は悪いけどしっかり契約内容や派遣の仕事の意味を分かってくれている。
こんな人の下で働ける私はもしかしたら幸せなのかも知れない。
そう思うとつい顔が緩んでしまった。
「お前、笑っている方が可愛いぞ」
意外な森田さんの言葉に顔が熱くなってしまった。
自分でも感じる。私の顔は今もの凄く赤くなっているんだろうと。
すると自分で臭いセリフを言ったバツの悪そうな顔をした森田さんは、椅子から立ち上がると「用事を思い出した」と言ってフロアから出て行った。