さよならは言わない
会社を出て数分歩くと森田さんは握り締めている手にやっと気付いたようで、自分で握った手を見て驚いて離してくれた。
「ご……ごめん。江島のヤツがしつこいから逃げた方が良いと思ったんだ。笹岡は武田と飯食う約束してたんだろ?」
「ここまで来たら戻る時間が勿体ないです。森田さんはいつもどこでお昼食べてるんですか?」
「一緒に行く? 直ぐ近くなんだけど」
「はい!」
面倒見の良いまるで兄のような森田さんだ。
昨夜のお好み焼き会でもそうだった。普通は男性一人暮らしの自宅へ上がり込むことをしない私なのに、森田さんはそう思わせなかった。
理由はないが何故か安心感のある人で信用できると思えた。
この人は私の嫌がるような事をしないし言う事もしないだろう。
だから、一緒にいても危害は加えられない。安全な人だと何故か信じられた。
「ここの食後のコーヒーは天下一品だよ」
「じゃあここで食べましょう」
森田さんに案内されコーヒーの美味しいと言う喫茶店のような雰囲気のお店へと入って行く。
店内はとても落ち着いた雰囲気のお店で、テーブルの感覚も程よい距離があり近くもなく遠くもない。
辺りを見回してみるとビジネスマンの姿が目立っていた。
個室のように仕切られたテーブルでは商談らしきことが行われている所もある。
ここはビジネスマン向けの喫茶店なのだ。
きっと、森田さんも仕事でここを使うことがあるのだろう。だから、私をここへ案内したのかもしれないと思った。
店員に一番奥のテーブルへと案内されると私達が座るテーブルの隣に尊が座っていた。