さよならは言わない
私と森田さんに気付いた尊は椅子から立ち上がると森田さんの方へと二歩三歩と近づいた。
「君たちは今からランチなのか?」
「はい。専務は商談ですか?」
「ああ、今終わったばかりだ。せっかくだからここでご飯を済ませようと思っていたんだ。どうだ? 一緒のテーブルに座らないか?」
森田さんは私の顔色を伺う様に見たが、私は顔を反らすと隣のテーブルの椅子を引いた。
尊は、昔捨てた女と一緒に食事しても美味しくないだろうに。何故、同じテーブルへ座れと言うのか私には理解出来なかった。
「すいません。彼女がこちらのテーブルを気に入っているようなので隣に座りますね」
気を利かしてくれた森田さんは私が座ったテーブルの椅子を引きそちらに座ってくれた。
尊の誘いを断るとホッとしたものの、隣に尊が居るかと思うと少し苛立ってしまう。
この苛立ちがなんなのか私は分からない。
尊が隣にいたのでは気分が優れなくて食事が喉を通りそうにない。
「何を食べる? 笹岡って粉物好きだよね。昨日もあんなにお好み焼きを食べるとは予想外だったよ」
「森田さんが作ってくれたのが美味しかったからですよ」
自分でそう答えてハッと気づいてしまった。まるでそれは自宅で料理をして食べたと言わんばかりだ。
尊はあの時、私がお金目当てで尊を誘惑する為に近づいた娼婦のような女だと罵った。
今度は優秀な営業マンである森田さんに色目を使って近づいているとでも思っているのだろう。
「せっかくだから、森田君、一緒のテーブルにお邪魔するよ」
尊は専務の権限を使って私達のテーブルへと厚かましくも入り込んで来た。
きっと、私を疑っているからだ。