さよならは言わない
人の少ない廊下の端の方へと呼び出された森田さんは尊に今日一日の私の様子を説明していた。
尊は私を間近で監視出来ないことで森田さんに監視役を頼んでいたようだ。
人を観察するのなら兎も角も、仕事振りなどを監視するのは森田さんには苦手のようだ。
あまり気の進まない森田さんではあったが上司命令では逆らうことは許されない。
「それから、今日は定時になったら退社させてくれ。頼んだぞ」
「はい。分かりました」
営業1課の江島さんと交際していた時でさえ尊がこれほどまでに気を遣った様子はなかった事に、森田さんは私の存在が一体何なのか不思議に思っていた。
派遣社員として契約時に一目惚れでもしたのかと森田さんは納得出来ない様子だ。
けれど、お好み焼き会をした時の私の「たける」発言を森田さんは知っているだけに、私達の間に踏み入ることは危険のように感じていたようだ。
「さあ、もう少し頑張るぞ、笹岡」
「はい」
今日は一日問題なく最後まで仕事が出来ていた。
森田さんは私の特例措置に対して何も私には言わないし嫌味な態度を取ることもない。上司からの指示を部下として実行しているだけのように感じる。
そして、初日から全く変わりない態度に私は安心してしまう。
「笹岡、もう、時間だぞ。片づけて帰る準備を始めろよ」
「だけど、もう少しで区切りの良い所なのよ。だから、もう少しだけ」
「しかしだな、お前には残業させられないんだ」
「少しよ」
森田さんの忠告を無視しキリの良いところまで作業を終えようとパソコン画面から目が離せなかった。