さよならは言わない

「今すぐ荷物を用意しろ」

「もうすぐ終わるから、もう少しだけ作業させて」

「それでまた倒れたらどうするつもりだ。何のために残業を禁止したと思っている!」


尊の残業禁止は私への嫌がらせなのかと思っていたけれど、どうやら私の体を心配してくれていたようだ。

以前の尊も私にはとても優しかった。いつも気にかけてくれていたことを思い出した。


「帰るぞ」

「分かったわ。シャットダウンするから待って」


私がパソコンの電源を切りデスクの引き出しから荷物を取り出すまでのほんの僅かな時間、ずっと見つめられているような熱い視線を感じていた。

尊は腕を組んだまま私の準備が出来るのを待っていてくれたけれど、周囲の社員達の視線を浴びているのに尊は平気なのだろうかと少し不安に感じた。

それに、尊には恋人がいたはずなのに。同じ営業部の若くて綺麗な人が尊の隣にいたはずなのに。

あの彼女は今自分のデスクから私の方を見ている。それも、かなり怖い目をしていた。


私が一課の方を気にしていると、尊は私のバッグを取り上げ腕を掴んで営業課から逃げる様に連れ出した。

契約と知られたくはないが恋人関係にあることは周りに知らせても平気な尊に、一体尊が何を考えているのか分からずにどう振る舞って良いのかを悩んでしまう。


「待って…………尊。こんな目立つことしてもいいの?」

「構わない。俺の恋人にすると話しただろう」


それは契約上の事であり限りある期間だけ。派遣期間が終わり私達の関係が終わったと知られれば、派遣社員を弄んだと尊の評判を落とす人も出てくるはずなのに。

派遣社員と短期間の情事を楽しんだとこの行為を快く思わない人達に尊の評価を悪くされてもいいの?
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