さよならは言わない
会社のエントランスから裏口へと回り駐車場へと向かった。尊の車は以前とは違いいかにもセレブ向けの高級車が駐車場に停まっていた。
助手席側のドアを開けてくれると私の体を支えるようにして助手席へと座らせてくれた。
まるで本物の恋人を扱うような動作に心が痛くなる。本当ならば本物の恋人と今の時間を過ごしていただろうにと。
それも、こんな扱いを受けるのは自分ではなく本物の恋人のはずだと。
尊が運転席へと座ると私の顔色を伺う様に額に手を当てて来た。
そして頬を確認するかのように撫でた。
「顔色が良くない。食事はしているのか?」
「食べているわ」
「どうせ碌なものは食べていないだろう」
私は安定しない収入源しかないのだから、お給料が入ったからとその給料に見合った食事をすることは出来ない。
第一、またやって来る法要にはお金がかかる。その費用の貯金もしなければならないし、毎年美香の誕生日にはその年頃の女の子のプレゼントをしてあげたい。
だから、私は食事にお金をかけることが出来ないのよ。
「美味しいものを買って帰ろう」
尊にキスされるかと思ったけれど尊は私の顔色の確認をすると私から離れ車を走らせた。
車を運転する尊の横顔をついつい見てしまった。
以前とは違ってかなり大人びている顔にときめいて心臓の音が静まりそうにない。
だけど、本命の恋人がいるのだから愛人の私を本気で相手にしているはずはない。
ただの暇つぶしに弄ばれているだけだから。