さよならは言わない

尊は食事をすると言うがレストランの駐車場に車を停めると尊だけが車から降りた。

スーパーの惣菜などではなく一流レストランに予め注文していたらしく、立ち寄ったレストランへ入った尊は直ぐに荷物を持ってお店から出て来た。


「さあ、絵里、君の家へ帰るぞ」

「レストランで食べないのね。本命の彼女に遠慮したの?」

「本命って何だ? 第一、君の体力は限界に近いはずだろ? 精神的にもかなり疲れているはずだ。自宅でのんびり過ごしたほうが良いと思って料理は頼んでいたんだ」


憎んでいるはずの私を、本気で体を心配してくれていたの?

ただの愛人に過ぎないはずなのに、尊は私の体調を考えてくれたのか消化の良さそうな低カロリーなメニューを選んでくれていた。

アパートに帰ると私が着替えを済ませている間に尊はテーブルの準備をしていた。

これまで一度としてご飯の準備を手伝ったことはなかったのに。これまでの恋人に教えられたのだろうかと過去の女性達に嫉妬してしまう。


「ほら、ここに座って」


並べられた食事の豪華さに戸惑って料理に手が向かない。

暫く料理を見つめていると尊が私の隣に座った。そして、昔のように肩を抱き寄せて頭を撫でてくれる。

あの当時の甘い記憶が甦ってくる。


「少しでも食べて力をつけなければ倒れてしまうぞ」

「まって、その前に美香にもお供えさせて」

「君の亡くなった娘だよね? どうして亡くなったんだ?」


尊と娘の話をしたくなかった。それは、余りにも辛すぎるから。

捨てられた女だと思い知らされるのはもう嫌だから。

すると、涙が溢れて止まらない。


「俺がしよう。君は座っていて」


今日の尊はとても優しい。付き合っていた時を思い出させることばかり。

その上に娘の仏壇までご飯を供えてくれるなんて、こんなことが起きるなんて夢のようだ。

美香、この人が美香のお父さんだよ。

美香を一度でいいから抱き締めて欲しかった!

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