ご褒美は唇にちょうだい
ふと、先日の操との夜が思い出され、手が止まる。

操の演技のために疑似的に身体を合わせた。
もちろん、本番なんてする気はない。雰囲気の勉強が目的だった。

頼みづらそうにしている操を自分から誘ったのは、俺が相手であれば、安全だからだった。

しかし、安全……そう言いきれただろうか。

吸い付くような操の肌に触れ、唇を合わせ、夢中になっていたのは隠しようもない事実。
一瞬、仕事であることを忘れそうになった。

思い出せたのは、操の言葉だ。


『このまま、抱いて』


あんなこと言わせてはいけなかった。線引きがうまくできなかった自分を呪う。

拒絶すれば、すぐに操は引き下がり「冗談」扱いするだろう。
物分かりの良さを利用して、ふたりの距離を正した。

本当にこの失敗はまずかった。二度はないようにしたいものだ。


「ねえ、真木くんってば」


俺の意識を引っ張り戻すように、信川が甘い声で呼ぶ。

ともすれば脳裏を過る先日の夜を、記憶の底に沈め、俺はパソコンのディスプレイを睨む。
俺は現在、穏健派の位置についている。誰も波風をたてないようにしてもらいたい。
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