ご褒美は唇にちょうだい
「あなたがここ数日浮かない顔をしているわけも察していますが」


「平気だから!」


遮るように言って立ち上がる。

レシートを持って、会計を済ませようとすると久さんがもう払ってあると手で制する。
そのいつもの手際に今は苛立ちながら、私は足早に店を出た。

道路を一本渡れば、撮影スタジオだ。
横断歩道がないので、車が途切れるのを待っていると、久さんが隣に並ぶ。


「頼ってくれていいんですが」


久さんが低い声で言う。私は彼を見上げ、睨んだ。


「いつまでも子どもじゃないの。本当に平気!放っておいて」


すると、久さんの手が私の肩に触れた。ぐいと引き寄せられる。

それは、わずかに車道に出ていた私を歩道に引き入れただけの行為。
傍から見れば、マネージャーの気遣いにしか見えないだろう。

しかし、私にはわかっていた。明確な意図をもって、久さんは私を抱き寄せたのだ。
証拠に、久さんは私の耳元にささやいた。


「それなら、そんな期待した顔するな」


「な……」


私は言葉を失い、慌てて久さんの身体を押しのける。
< 86 / 190 >

この作品をシェア

pagetop