ご褒美は唇にちょうだい
いっそうきつく睨みつけると、久さんはふっと微笑んだ。
それは、ふたりきりの時に見せる意地悪な笑みだ。


「あなたのことが大概わかっているつもりです。危ない橋は渡ってほしくないですからね。俺で済ませられることなら使ってください」


「危ない橋とか……妙な心配しなくてもいいわよ」


要は私が恋愛経験のため、そのへんの男とでも寝るんじゃないかっていう心配をしているのね。
妙な落胆と、苦しいほどの高揚が胸をいっぱいにする。


「助けが必要なら言ってください。今夜は空いています」


今夜……その具体的な言葉に一際大きく鼓動が響いた。

駄目だ、この人には見透かされている。
私がどれほど彼に頼りたいと思っているか。

実際、久さんに疑似でも抱き合う真似事をしてもらえたら、思慕を別として、演技の参考には絶対になる。

車が途絶えた。

道路を横断して、通用口に通じる暗い通路を進む。後ろからは久さんがついてくる。


「久さん」


「はい」
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