ご褒美は唇にちょうだい
チャンスなら動かなきゃ。
私は久さんのシャツの襟をぐいとつかみ、引き寄せる。
そして顔が見えないように彼の肩口に顔を埋めた。


「久さん、お願い。このまま、抱いて」


絞り出した声は過たず彼に届いたはず。

久さんが動きを止めた。

私は彼の顔を見ないように、また逃がさないように強くシャツの襟を引く。


「久さんのものになりたい。今だけでいいから。お願い……お願い」


久さんの手が私の手をとらえた。必死に掴んだ襟は、難なくはずされた。
私の身体を置き去りに久さんが身体を起こす。

あ、終わってしまった。

それがよくわかった。久さんは冷めたいつもの瞳に戻ってしまっていたからだ。


「操さん」


ほら、呼び方も戻ってる。
私は愕然としながら、のろのろと身体を起こした。
乱されたルームウェアもそのままに、表情の作り方も忘れて彼を見つめた。


「軽々しく、そんなことを言うものじゃないですよ」
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