ご褒美は唇にちょうだい
久さんはあくまで年長者の言葉で告げた。
おまえを抱くことはない。そういう意味の答え。

それでも承服できない私がいて、勝手に涙がせりあがってきた。
唇を噛みしめ、耐えてから言い返す。


「軽い気持ちじゃない。久さんならいい」


「初めては、本当に好きな相手にあげるべきです」


だから。それがあなたなのよ。
言わないけど、絶対に口にしないけど。


「操さん」


久さんは私のルームウェアの前を合わせた。自分ではずしたボタンを綺麗にはめ直していく。


「あなたは大事な人です。俺の守るべきたったひとつの才能です」


恨みがましく見つめる私に、久さんは誠実な瞳で見つめてくる。
なんてずるいやり口だろう。


「女優・鳥飼操に心酔しているんです。一時の欲望で手出しなんかできない」


私は息を吸い込む。短く嘆息したのは、それでも女優の意地だ。
興ざめというように首を振ると、私は久さんを押しのけベッドから立ち上がった。


「冗談よ。……もう十分参考になった。帰って」
< 98 / 190 >

この作品をシェア

pagetop