抜き差しならない社長の事情 【完】


亜沙美は残業が多く、いつも帰りが遅い。

誰も居ない暗い部屋に「ただいま」と声をかけた紫月は、

まっすぐ自分の部屋に行くとクローゼットの奥にある小さな小箱を取り出した。



箱の中にはシルバーのハートのリングがある。


よく磨いて保存したはずが、
手に取った指輪は輝きを失い、変色してしまっていた。


黒くくすんだリングは、

今の自分と蒼太の関係を表しているようかのように思えた……。




『ごめんな紫月、シルバーしか買えなかった』


『ううん、うれしい! ありがとう!蒼太』


『いつか必ず、同じものでプラチナのリングを買ってあげるからな』


『ってことは、この指輪は、私にとってのシンデレラの靴ね、

  両足揃うのを楽しみにしてる! 蒼太 大好き』



リングをもらった時のことを思い出しながら、
一度は乾いたはずの紫月の瞳から、またハラリと涙が零れ落ちた。



 辞めよう……



 自分のために……

  大切な想い出のために――……


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