冷酷上司の甘いささやき
……だけど、その数秒後に、また私の左手と課長の右手が同じように触れた。


さすがの私も、これはもしかして、と思った。

だけど、ちら、と課長を見れば、私のことは見ずに、そしてなにも言わずに、桜の木々を見上げている。



……でも、今度は、私は自分の手を課長の手から離さなかった。
わずかに触れたまま、私もなにも言わず、桜を見ながら歩き続けていく。



……すると。

課長の手が、ゆっくりと私の左手を握った。そっと、やさしい力で。まるで、”嫌だったら振り払え”と言っているような……。



どうしよう、心臓が急にドキドキしてきた。もう二十八歳なのに、手をつなぐだけでこんなにドキドキするなんて、おかしいかな、私。


でも、課長と手をつなぐの、嫌なわけない。私も、ゆっくりと課長の手を握り返した。


すると、課長は右手にぎゅっと力をこめてくれて、私の心臓も一層キュンッとしてしまった。



……でも、その直後。


「あ」

課長はそう言うと、私の左手からパッと手を離して立ち止まった。


私も同じように立ち止まる。
え……どうしたんだろ。はっ、まさか私の手、汗ばんでた!?


「あ、あの、課長……?」

「あそこ……」

「え? あっ?」

課長が指差した方向を見て、私は驚愕した。そこには、私たちと同じようにお花見を楽しんでいると思われる、阿部さんの姿があった。



「なっ、な、なんでここに……。阿部さんの家、この辺りなんでしょうか……?」
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