冷酷上司の甘いささやき
「普通はひとり暮らしだからこそ料理するんじゃないのか? まあいいや。じゃあ、いつか作ってくれる?」

「はい!」

課長と話すのは、やっぱり楽しい。普段はたしかに料理しないけど、課長のためだったら早く作りたいなとか思った。

そうやって課長と話して、少しだけ黒い塊がなくなっていくような……そんな気もしたけど。



「でも、弁当とか料理とか、そういうの、そんなに気にしなくていいから」

「え?」

「恋人らしいことしない関係、って決めたもんな」

「……」


……あれ、まただ。一瞬薄まったはずの黒い塊が、また形を戻していくような。



その後、近くのレストランでパスタを食べて、アパートまで送ってもらった。
家に着いたのは夕方で、夕飯を課長のために作るどころかいっしょに食べることもなかった。

なんだか、恋人らしいことをしないっていうより、これじゃまるで恋人じゃないみたいだ……とも思ってしまった。
そういう、”距離のある恋人”っていう関係だからこそ、課長とはうまく付き合えるかもしれないとも思っていたのに……。



月曜日は、きっと阿部さんが会社に来る。
来てくれるのは、ほっとしてる。でも……。なんだろう、課長と会ってほしくないような……いやいや、そんなこと言っちゃいけないよね! だけど……。



せっかく課長と初デートしたのに、心の中によくわからない黒い塊を抱えたまま、残りの休日を過ごした。
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