冷酷上司の甘いささやき
「か、課長もビールでいいですか?」

お酌の体勢で課長にそう尋ねると。


「いや、今日は飲んでないから大丈夫。ありがと」

「あれ、そうなんですか?」

「うん。ていうか俺、いつも飲まないけど」

「え、そうでしたっけ?」

「そうだよ。ふ~ん、戸田さんってそんなに俺のこと見てなかったんだ」

「す、すみません!」

「冗談だよ」


出た。冗談に聞こえない課長の冗談。

……でも、久しぶりの課長の冗談は、なんだか安心する。これはきっと、私だけが見る課長だもんね?
周りの人たちもそれぞれ自分たちの会話に夢中で、誰も私たちのことは見ていない。
ふたりきりじゃないけど、ふたりきりみたいな感覚に、なんだかちょっとドキドキする。


「戸田さんは? 飲んでる? 飲んでるなら注いでやるよ」

「あ、いえ。私も飲んでないんです」

「なんで? ビール好きだろ? ひとりで夜中に飲むくらいに」

「え、えと、まあ、そうですね、お酒は好きなんですが……」

ビール好きを指摘されると、なんだかちょっと恥ずかしい。しかも、よりによって好きな人に。



「お酒は好きなんですが、正直、ひとりで飲む方が好きっていうか……飲み会ではいつも飲まないんです」

「ははっ、なるほど」

あ……課長、また笑ってくれた。今度はさっきよりももっとおかしそうに。

どうしよう、周りには人がたくさんいて、私たちが付き合っていることは隠さなきゃいけないのに、ドキドキが止まらないよ。
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